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 ニ百数十人の櫓下の綺麗どころ、新富町の芸者衆が妍を競っていたのはもうかなり昔の話になってしまいました。時代の移り変わりに、我が町新富町も、かつての花柳界から、大小のビルが立ち並ぶ昼間のビル街へと変貌しつつあります。
 昔は、一丁目、二丁目、三丁目、と分かれていた住所表示が、一、二丁目が二丁目と変更され、しばらくは二つの町会でした。それがやがて、当時の若手の働きかけが功を奏し、「新富町会」として一つの町会にまとまりました。以後、全町仲よく、和をもってとうとしを旨としております。
 鐵砲洲稲荷神社の大祭に際しては、睦会に神輿、山車の運行を委託し、商栄会にも協力願い、町、商店、睦の三者一体で「新富祭典委員会」を組織して執行しております。


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